grandstream blog

【書籍】「弱いつながり 検索ワードを探す旅」を読んでみた【感想】

こんにちはgrandstreamです。

今回は書籍、「弱いつながり 検索ワードを探す旅(東 浩紀 著)」を読んでみたので心に残った箇所をまとめたいと思います。

「弱いつながり」の概要

一言で言えば、

旅をすることで偶然の出会いを手に入れ、自分の知らない自分を見つけましょう

となるでしょうか?

本書では、ネットを「階級を固定する道具」と表現しています。言い方を変えれば、自分の「所属」を固定する道具だと言うことです。

つまりネットは、世代、会社、趣味など、自分が「所属」するコミュニティでの人間関係をより深め、固定するメディアだと著者は語っています。

いまや、情報収集する上でネットは欠かせません。たいてい、グーグルで検索して特定の情報にリーチするわけですが、そのためには「検索ワード」を打ち込む必要があります。そしてこの「検索ワード」は自分が置かれた環境、コミュニティに依存していると筆者は言います。

新しい世界を開くためには、「検索ワード」を変える、そして最も効果的な方法が「環境を意図的に変える」ことだと言います。

ここからは、本書を読んでいて僕が共感した箇所をピックアップしていきたいと思います。

「弱いつながり」で印象に残った点

「かけがえのない個人」は存在しない

先程も述べたように、僕らは環境に規定されています。僕らが思いつくこと、欲望することは、環境から予測可能なことでしか無いと筆者はいいます。

以下を例に挙げています。

  • いい進学校に行けば、いい大学に入れる蓋然性は高くなる
  • お金持ちと付き合っていれば、どうしたらお金が入るのかがわかって自分もお金持ちになる

そして多くの人は各々の環境で平和的に生きています。

このように僕らは外から見れば環境の産物でしか無いのに、内側からは「かけがえのない自分」だと感じてしまう。ここに人間を苦しめる大きな矛盾があるようなのです。

僕の場合、進学校に通って、いい点とって褒められてそこそこいい大学入ることができました。その過程は充実していたような「気がして」いました。でもいまふと思えばそれは環境がそうさせただけだったのではないか、と思います。

ここから筆者はこの矛盾を乗り越えるために、「環境を意図的に変える」ことを推奨するわけですね。そうすることで程よくノイズが入り、自分の知らなかった、本当に好きなことを発見できるかもしれません。

環境によって、検索ワードは変わる

今、世界中どこからでもネットで様々な情報を検索することができます。そして僕らはどんな情報でも手に入る、と思い込んでいます。

でも実際には、身体がどういう環境にあるかによって、検索ワードは変わると筆者は言います。

例えば海外に行くと、言語も文化も何もかも変わります。そうすると自分の中から今まで思いもしなかった欲望や興味が湧いてきます。そしてそれをググる。

この様に環境を変えることで、今までだったら検索しなかったであろう言葉を検索欄に打ち込むことなり、ひいてはより深くネットの世界に潜り込めるのです。

旅をすることで、情報に感情をタグ付けする

今や世界中の大抵の場所の情報、写真などは簡単に手に入ってしまいます。なのに、わざわざ現地まで旅をする必要があるのか…?という疑問が湧いてきますね。

筆者は自身の経験から、身体を一定時間非日常のなかに「拘束」する、そうすると新しい欲望がじっくり芽生えてくるといいます。旅の目的はここにあるのだそうです。

確かに、目的地までの長時間のフライト、バスに揺られる時間の間に、現地の雰囲気に浸りながらいろいろな考えが去来します。この間に新しい欲望が芽生えてくるんですね。

「情報はいくらでも複製できるけど、時間は複製できない」

そのとおりだと思います。

人間は憐れみを抱いてしまう生き物

現代民主社会が成り立った背景には、次のような考え方があります。

  • 人間は自然状態では(自分の利益を優先して)争いをやめられないから、皆でそれぞれの権利を制限して社会契約を結ぶのが合理的。人間は理性的だから合理的に社会を作れる。
  • 人間は本来孤立して生きるべきなのに、他人の苦しみを前にすると「憐れみ」を抱いてしまうので、群れをつくり、社会を作る。つまり社会契約の根拠は合理性ではなく「動物的な感情にある」

1つ目は、ホッブズやロックの考え方、2つ目はルソーの考え方です。

苦しむ人を前にすると手を差し伸べたくなるのが人間だというルソーの考え方は僕も非常に共感できます。

筆者は例として、以下のように語っています。

ヘイトスピーチを繰り返す在特会の人も、目の前で韓国人が血を流して苦しんでいたら、国籍を尋ねる前に手を差し伸べるのではないか

人は国民である前に個人であり、個人と個人は「憐れみ」で弱く繋がれるのだと。

今後いかに平和な社会を作っていけるかのヒントがここにありそうですね。

性欲は憐れみに近い

筆者は性欲は人間関係のダイナミズムを作り出していると言います。

例えば、以下の例を挙げています。

  • 社会的に成功している人が、性犯罪で破滅する
  • 敗北者がいきなり権力者の性のパートナーとなる

もし人間に性欲がなければ階級は今よりも固定化されていただろうと述べています。性欲があるからついつい色んな人に話しかけたくなってしまう。それは先程の、困ってる人がいたら手を差し伸べてしまうという憐れみの機能に近いですね。

人間は欲望をコントロールできないし、愚かな行動もとる。だからこそ社会が成り立っている。旅に出ることは、そういう愚かな可能性に身を曝す行為だと筆者は語っています。

まとめ

本書を読み、漫然と固定化された環境に身を置くことが本当に幸せなのか、考えさせられます。自分のまだ見ぬ欲望を探求するためにも、じっくり時間をかけて旅をすることで日常という環境から距離をおき、ノイズを入れていくことが大切なのだと思います。

そうすれば新しい欲望がうまれ、新しい検索ワードでググることになります。そうすれば自分の中に新たな発見があるかもしれませんね。

旅の意義を考えさせられる一冊でした。

ではまた。

grandstreamに支援を送る

コメントはお気軽にどうぞ