grandstream blog

結婚指輪という同調圧力

最近会社にいてふと感じることがあります。

「みんな左手の薬指に指輪してる。。」

僕が社内の人を見渡した感じだと、7割以上といってもいいんじゃなかろうか。

僕が所属しているグループの年齢層は大体20後半から30代ぐらいがメジャーどころです。

全体の人数は30名ほど。

既婚率が結構高いなあ、と感じるわけです。

僕と同じ場所で働いている年下の同僚も、指輪こそつけていないものの、話を聞いていると実は結婚しているとのこと。

自分もそんな年齢になったのかと感じるとともに、ああ自分も結婚しないといけないのかなという謎の同調圧力からくる焦りのようなものを感じます。

しかしながら、結婚すると皆左手薬指に指輪をするっていうのは不思議な文化だなあと思いますね。

結婚という儀式自体も僕からしたら謎なのですが。。

皆さん何の意識もせずに結婚という「当たり前」を当たり前のようにしている様子をみて、なんとも言えない気持ちになりました。

僕はまだ派遣だからいいものの、この会社の社員だったら、結婚という同調圧力をより強く受けていたに違いありません。

社員同士が雑談している内容を聞くと、うちの息子がどうだの、週末は家族でどこどこへ行っただの、といったことがよく話題に出ますしね。

そんな社員に囲まれていると、自分も結婚しないといけないのかなって思っちゃいますよね。さもなくば、共通の話題についていけないような。そんでもって疎外感を感じちゃいそうですよね。

とはいえ、「周りがしているからしなきゃ」って焦るのはなんか違いますよね。

そもそも、家庭を持ちたいか、パートナーを持ちたいかどうかなんて、人それぞれの考え方があっていいわけですし。

なので、無理してパートナー探さなくてもいいと思いますね。個人的には。

いやはや思ったのは、こういった歴史ある大企業で働いていると、相当に保守的というか、昔ながらというか、安定的というかそういった価値観の人が多いということです。

したがって結婚率も高くなりますよね。

麻の中の蓬(よもぎ)じゃないですけど、似たような集団の中に、少し異質な存在が投げ込まれると、否が応でも周りに染まっていってしまいます。

このようにして本来の自分らしさ(?)のようなものが失われていくのだろうなあと思いました。

その会社に就職した段階でその会社の雰囲気に飲み込まれていくというか。その時点である程度自分の未来が確定してしまうというか。

自分に確固たる意志がなければ、自分の行き方を貫くことなどできません。

少し話は変わりますが、以前僕が務めていた会社はベンチャー企業で、当時社員は5人でした。

バックグラウンドも様々で、元ホストの人、ゲイの人、帰国子女でそのまま現地で起業した人などほんとにいろんな人がいました。

少し社会のレールから外れると、こんなにいろんなタイプの人間が世の中にいるんだなということがよくわかりました。

良くも悪くも、レールに乗っかっていると、ほかのレールを走っている電車の中など見えません。

自分が乗っている電車の中の世界が世の中のすべてかのようにうつります。

その世界しか知らなければ、それはそれで幸せなのかもしれませんが。

僕はあいにくレールから脱線してしまったので、否が応でも物事(こっちのレール、あっちのレール)を相対化して見てしまいます。

てなわけで、何が言いたいかというと、最近大企業に派遣として就職して、しばしば社内で結婚指輪をつけている人を見るので、「ああ、これがこの会社の普通なんだなあ」と思ったとともに、

その環境にひとたび身を置かれると、「普通の人なら、その環境に染まっちゃうよなあ。」と思った次第です。

レールからちょっと外れた僕ですら同調圧力を少し感じるのに、ましてやレールに乗っかってきたひとなどなおさらです。

他人の結婚指輪を横目に、「結婚とは」「普通とは」に思いを馳せている今日この頃です。

コメントはお気軽にどうぞ